柏原75人の鎮魂歌

柏原75人の鎮魂歌 発売中

平和池水害の伝承活動-篠町柏原区

亀岡市篠町柏原区の「平和池水害伝承の会」が、豪雨とダム決壊で集落を全滅させた1951(昭和26)年7月11日発生の平和池水害を検証し、次代へ語り継ぐ伝承活動を続けている。
「柏原(かせばら)区」は、亀岡市域の東部域を占める人口18,000人の篠町に属し、東西にのびる府道沿いの約80戸と周辺の4団地約90戸、合わせて約700人のベッドタウン。もともと亀山城下で、地名に「町頭」(まちがしら)がつき、区唯一の寺院「念佛寺」は、丹波路に春を告げる3月15日の「お釈迦さん」でにぎわう。
地形的には、天井川の年谷川(西端)と西川(東端)に挟まれた低地の水害常習地帯。たびたび河川の氾濫に泣かされてきたが、1951(昭和26)年7月11日の平和池水害では、住民75人が命を失い、集落全滅という大惨事に見舞われた。豪雨の中、戦後の農産業復興を担った防水灌漑溜池のアースダム決壊が未曾有の惨状をもたらした。
しかし、災害の風化が進行。河川改修や街並みの変貌で、地域から災害メモリアルが消えていく現状に危機感をもった住民有志が、地域災害史としての検証作業に着手。水害から半世紀が過ぎた2002(平成14)年7月、区内に「平和池水害特別委員会」を設置し、水害資料の収集、被災者ら関係者の聞き取り、ダム跡の調査を始めた。
収集・整理した水害資料は地元の公民館で公開展示したほか、次代に語り継ぐための本づくりに取り組み、資料収集から7年後の2009年3月、災害ドキュメント「平和池水害を語り継ぐ―柏原75人の鎮魂歌」(A5判、380頁)として、自費出版した。
この平和池水害記録は、京都府地域力再生事業の支援と地元負担で、京都府内の市町村や自治会、教育機関などに無償配布。悲惨な水害体験を地域防災に役立てるため、水害資料をデータベース化、公民館内に水害資料閲覧室を設置したほか、避難拠点の公民館の改修整備、防災倉庫の新設、防災備品の配備を実施。2008年からは住民対象の防災訓練も行い、「向こう三軒両隣」精神で地域防災に取り組んでいる。
さらに、2009年4月から水害特別委員会を「平和池水害伝承の会」に衣替えし、災害史の伝承活動を展開。水害資料室の公開や各地での防災講演、資料展の開催はじめ子どもたちの地域学習交流にも参加、平和池水害の歴史を伝える活動を実践している。
【柏原公民館】   〒621-0821 京都府亀岡市篠町柏原町頭42
TEL.FAX=0771-22-0297
東西に細長い府道沿いの柏原区 公民館内の水害パネル展示場
~第3回ふるさと自費出版大賞受賞~
『平和池水害を語り継ぐ―かせばら柏原75人の鎮魂歌
■A5判 約380ページ
本編<1~5章> と資料編
①章=平和池ダム決壊②章=通報と救助活動 ③章=復旧復興への歩み④章=平和池ダム決壊の波紋⑤章=地域災害に備える”向こう三軒両隣”
■編纂発行 柏原区平和池水害特別委員会
■制作   京都新聞出版センター
■発行日  2009年3月31日
■受賞   第3回ふるさと自費出版大賞
(全国新聞社出版協議会)
■頒布価格  2,500円
■申込先 〒621-0826
京都府亀岡市篠町篠中北裏68
「亀岡市篠町自治会」
T0771-22-0047
F0771-22-0622
e-mail://shinocho@maia.eonet.ne.jp
ダム決壊による集落全滅の全容を記録
1951(昭和26)年7月11日未明からの局地豪雨で河川の氾濫、ため池崩壊、山崩れの発生と完成2年目の平和池ダムの決壊で、濁流に直撃された現、京都府亀岡市東部域が泥海に沈み、114人の犠牲者を出した。なかでも最大の被災地が、年谷川とダム湖からの鉄砲水で住民75人が命を失った「篠町柏原」(当時は篠村字柏原)で、全80戸の半数が流失、壊滅状態となった。「天災か人災か」。わが国のダム事故例ともなった「平和池水害」だが、その後、話題になることもなく、大規模災害時代の中で封印されてしまった。
本書は、水害発生から半世紀(2001年)を機に被災地の柏原区住民が災害資料の収集・編纂作業に取り組み、平和池水害のドキュメントにまとめた災害記録集。被災者のインタビューはじめ、被災状況、時間経過、救援支援、復興への取り組みなどを丹念に追いかけ、2009年10月、全国新聞社出版協議会主催の第3回自費出版大賞を受賞した。水害60年を目前に被災住民が地域防災の教訓を訴える防災の本でもある。